<個人営業時代>
文化6年 朝廷より免許を得て鋳造業として創業
明治17年 皇居二重橋造営にあたり、設計者久米民之助氏ならびにドイツ系商社イリス商会の依頼により 橋桁及び装飾部を鋳て御納する
<皇居二重橋>  皇居二重橋
明治18年 機械製造業を開始し、醤油醸造用の水圧機(水圧プレス)国産第一号機を開発する
<合資会社時代>
昭和5年 合資会社小島鐵工所を設立、水圧プレス製造に力を入れ、重電向け1,000屯プレスを完成する
<株式会社時代>
昭和11年 株式会社小島鐵工所として組織を改め歌川工場を建設する
<昭和11年時社長建立 高崎観音像>  昭和11年時社長建立 高崎観音像
昭和13年 東京証券取引所に株式を公開、上場する
昭和15年 群馬県倉賀野町をはじめとして県下に三工場を新設
世界一流の技術をもつ独国オイムコ社より技術導入を計り、大型プレスの本格的製作に入り2,000屯鍛造用油圧プレスを 完成する
以降軍需工場となる
昭和30年 7,000屯油圧ストレートプレスを受注、納入
かねてから研究開発中の油圧プレスブレーキの試作に成功、本格的製造に着手
<慶応2年作の天水桶>  慶応2年作の天水桶
昭和32年 平和産業の活況により、大型油圧プレスを全国大手重電重工業界に納め、 「油圧プレス専業メーカーの小島鉄工所」として、油圧プレス業界に確固たる地歩を礎く
創業150年を迎える
昭和36年 東京証券取引所第二部に株式を再上場する
昭和37年 弊社社長児玉安蔵、油圧プレス業界初の藍綬褒章を賜わる
昭和38年 ダイスポッティングプレスの開発に成功し、大手自動車メーカーに大量納入する
昭和40年 わが国最大の10,000屯級の超大型プレスを受注、納入
昭和41年 本社四階建ビルを完成する
<本社ビル>  本社ビル
昭和44年 信越線群馬八幡に、約50,000平方メートルの土地を得、最新の機械設備と厚生施設をもつ新工場を建設する
昭和45年 米国グロートネスマシーン社と技術提携を行い、プレス応用製品の製作を開始する
昭和46年 製鉄向け超大型油圧式矯正プレスを開発する
昭和47年 高速鍛造プレス、全自動粉末成形プレス、産業廃棄物処理プレス等、大型、高速、自動化プレスを開発する
昭和49年 大仕掛けの粗大ゴミ処理プラントを開発
地元自治体に納入する
昭和50年 プレス・型・搬送装置を含むプラント開発に着手する
又ステンレスバスタブなど深絞り一体プレスプラントが軌道にのり住宅関連分野に進出する
昭和51年 資本金501,782,350円に増資する
昭和52年 自動車向けスクラップベーラー、鉄鋼向け2,500屯プレス(最大折曲巾18m)を開発、納入する
昭和53年 自動車向けホイルキャリブレーターを開発、納入する
昭和55年 米国ウイリアムズ・ホワイト社とFRP(ガラス繊維強化プラスチック)加工プレスに関する 技術提携を行い、新素材加工分野に進出する
昭和56年 米国メダー社と溶接機制御装置に関する技術提携を行い、エレクトロニクス分野に進出する
昭和57年 わが国初の直流溶接式・乗用車リム用ロードホイール製造システムを開発、大手自動車メーカーに納入する
又、フランスの超一流メーカーACB社とクロスライセンス契約を締結、航空機分野に進出する
昭和58年 建設機械向け超大型10,000屯プレスを開発、納入する
昭和62年 米国メダー社よりビジョンシステム(非接触計測装置)の製作・販売権を獲得する
平成2年 八幡工業団地に新工場を増築し大型加工及び大型組立設備を導入し大型製品の増産体制を確立する
平成6年 メカプレスに匹敵する高速油圧プレス開発に着手する
平成12年 国内大手自動車メーカー向け少量生産用高速油圧プレスを納入する
平成13年 特殊粉体成形用10,000屯プレスを開発納入する
平成14年 メカプレス加圧曲線に合わせた速度の得られるトライプレスを開発、国内外大手自動車メーカーに納入する
平成16年 東洋最大級(当時)の15000T鍛造プレスを開発、国内メーカーへ納入する
平成19年 10,000屯長尺プレスを開発、国内メーカーへ納入する
平成21年 平板矯正プレス設備を開発、国外鉄鋼メーカーへ納入する
平成22年 5,000/10,000屯鍛造プレスを開発、国外重工業メーカーへ納入する
平成23年 リングローリングミルを開発、国内メーカーへ納入する
平成26年 16,000屯長尺プレスを開発、国内メーカーへ納入する



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